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ソース・プリンシプル理解の大前提【その1】ティール組織実践で重要な概念を理解しよう

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『ティール組織』を学ばれている皆さんの中には、最近話題になってきた「ソース・プリンシプル(Source Principles)」について、もっと知りたいと思っている方もいるのではないでしょうか?(ティール組織については、こちらの記事をご参照下さい)

私たちNOLは、活動の一環として、「ソース・プリンシプル(Source Principles)」の実践について書かれた『Work with Source』著者のトム・ニクソン氏(以下、トム)とのコラボレーションを行っています。

「ソース」を実務で活用する中で、実は『ティール組織』を実践する上で、「ソース」を理解し、活用していくことは非常に有益であると感じています(『ティール組織(Reinventing Organizations)』著者のフレデリック・ラルー氏(以下、フレデリック)も2019年来日時にその大切さを言及していました)。

というのも、『ティール組織』の誤解の一つ「経営者は何もせずに放任しないといけない」というものがあり、それで苦しんでいる経営者や組織の方がいらっしゃるためです。実際は、トップダウンとボトムアップの特徴を理解した上で、それらを統合していく姿勢が経営者にとって重要となり、その助けになるのが「ソース」という概念です。

「ソース」の考え方は、「(ソースであることの多い)経営者の役割」を考える上で非常に役に立ちます。深く理解して、活用して頂けたらと思い、記事にさせて頂きました。ソース自体については、別記事で記載をしていきますが、とても簡潔に書くと以下のようになります。

*ソースとは、経営文脈においては「”リスクを最初に取って、会社というイニシアティブを始めた特定の個人“」を意味しています。特定の個人は2人以上ではなく、1人であるというところがポイントになります。これは、トム氏が学んだピーター氏(Peter Koenig)が、実際の企業を観察し続けた結果、考案した考えになります。

ただ、大前提として「すべての人は自分の人生のソースであること。また、生まれながらにして、ソースである能力がある」という、いのちの循環に基づく深い慈愛があり、「ソースは、特権階級のものではなく、世界のあらゆる場所にあり、富裕層から貧困層まで、あらゆる階層の人々がいる」という観方が不可欠となります。これらを見失うと、ソースの横暴や悪用に繋がっていくためです。

まずは、「どうして『ソース(Source)』や『プリンシプル(Principle)』という言葉を、ピーターやトムが選んだのか?その背景にはどんな思いがあるのか?」について。ぜひお役立て頂けたら嬉しいです。

 

1.「どうしてその言葉を選んだのか?」を知る大切さ

世界中の仲間達とJUNKAN(いのちの循環)の活動を行っているNOLでは、活動の一環として、「Source Principles」の実践について書かれた『Work with Source』著者のトム・ニクソン氏とのコラボレーションを行っています。

ここでは、NOLがトムから学んだ内容を、書籍に記載されていないことも含めて、トムとも対話の上、共有できたらと思っています。まずは、大前提として、トムの著書に出てくる言葉の意味、「なぜ、彼がその言葉を選んだのか?」について触れていきます。
※『Work with Source』の内容については、トムとの学びのプロセスを踏まえて、別記事で記載をしていきます。

振り返ると、フレデリックの『Reinventing Organizations(邦訳:ティール組織)』を英書で翻訳していた時もそうでしたが、「なぜ、フレデリックがその言葉を選んだのか?」。その背景を知ることが、単に英語を翻訳する以上に大切なこととなってきます。

何故なら、著者は常に言葉を選ぶ努力を長い年月を掛けて行っていますが、それらを全て、言葉で表現することは非常に困難であるためです。フレデリックの場合には、「エボリューショナリー・パーパス」という言葉の「エボリューショナリー」という言葉に込めた想いが該当します。ここの意味が分からないと、とても残念ですが、何度読んでも、真意にたどり着くことが難しいという言葉が、どの本にも存在しています。

トムの『Work with Source』を読んだときに、特にいくつかの言葉が、西洋文明を鑑みながら、日本語として掴んでいく際に、私たちが注意深く接する必要があると感じました。そういった言葉について、この記事では、トムへのインタビュー形式でお伝えしていきます。最近では、DeepL等の翻訳ツールも充実していますが、著者への深いインタビューや、著者と活動を共にすることが、実は、著者の真意を感じられる「急がば回れ」の方法と考えています。

今回は特に、以下の2つの問いについて書かせていただきます。

■なぜ、「Source」という言葉を選んだのですか?

■なぜ、「Principle」という言葉を選んだのですか?

2.なぜ「Source」という言葉を選んだのですか?

史郎なぜ、トムが敬愛する「Source Principles(ソース・プリンシプル)」を生み出したピーター(Peter Koenig)は、Source(ソース)という言葉を選んだのですか?また、Source(ソース)という言葉から想起されるイメージはどんなものでしょうか?

トム:ピーターは彼が信頼する1人の先生である「ロバート・ハーグレーブ(Robert Hargrave)」の影響を受けていると思う。ロバートは確か、1980年台に「Source(ソース)」という言葉を使ったと思う。

トム:Source(ソース)という言葉から想起されるのは、まさに、川の源流域みたいに、川の流れが始まる場所というイメージだよ。もちろん、川には多くの源流域があるため、完璧なメタファーではないけれど。つまり、「何かが生まれたり、生じたりする時の始まりとなる、まさに起源となる場所や物」のことを意味しているよ。そこから着想を得て、ピーターはソースを「特定の1人の個人」と定義したんだよ。

史郎:そうだったのですね。とても面白いです。そういう背景があり、経営文脈では、「ソースとは”リスクを最初に取って、会社というイニシアティブを始めた特定の個人”」という定義になったのですね。良く分かりました!

トム:Source(ソース)という言葉自体は、他にも、アカデミックの世界だと、「ある分野の起源となる情報を発信している書物や文章、個人のことを示していることもある」と思うよ。こんなところでOKかな?

史郎:OKです!トム、ありがとう!

3.なぜ「Principle」という言葉を選んだのですか?

史郎なぜ、トムが敬愛する「Source Principles(ソース・プリンシプル)」を生み出したピーター(Peter Koenig)は、Principle(プリンシプル)という言葉を選んだのですか?なぜ、Theory(理論)という言葉ではなかったのでしょうか?また、Principle(プリンシプル)という言葉から想起されるイメージはどんなものでしょうか?

トム:史郎、とても大切な問いをありがとう。ソースについては、「ロー(法)」に近いと思っている。ただし、人が作った「ロー(法)」というよりも、もっと「ナチュラルロー(Natural law)、つまり、”自然の法則”に近い」と思っているよ。人が作ったものじゃなくて、例えば、「重力」とかのようなイメージだよ。人が好きとか嫌いとか言えないものでもあるよね。あと、すでに、正しいかどうか議論するような対象でもないよね。

トム:ピーターが彼の研究の中で、多くの会社を観察していくにつれて、「ソース」という考え方が”真実”だと思うようになってきた。そして、まるで、重力のように、人が壊すことの出来ない、自然の法則に近いと思うようになってきたんだ。ただ、ピーターが言うには、「まだ、ナチュラルロー(自然の法則)という言葉を使うには、時期尚早だと思う」ということなんだ。現時点での彼の経験に基づくと、ソース・プリンシプルは、真実だと思うけど、100%ではない可能性があるということなんだ。

トム:ピーターは、もし、ソース・プリンシプルが当てはまらない事例が世界の中で発見できたら、いつでも、内容を更新していきたいと思っている彼は変更するチャンスが常にあることを大切にしているんだ。プリンシプルという言葉には、「ナチュラルローのような側面」があると同時に、「いつでも変更できる可能性があるという側面」もあるんだ。だから、今は、プリンシプルという言葉をピーターは使っている

史郎:重力のような「自然の法則」に近い質感と、一方で、いつでも変更できる可能性という「変更可能性」両方が込められた言葉として、「プリンシプル」という言葉が選ばれているのですね。とても面白いです!

トム:そうなんだ。内容を更新する可能性が常にあるという考え方をピーターは大切にしているよ。例えば、いわゆる「ドグマ(独断的な説)に基づくコミュニティ」とかだと、唯一の正解があったり、唯一の正解を持っている人がいて、そこに健全な問いを投げられなかったり、周囲も「特定の影響力の高い個人に、健全な問いを投げてはいけないという雰囲気」があったりするよね(ソースの悪用のケース)。

トム:だから、ピーターは常々、ドグマ(独断的な説)になったらダメだと思っているんだよ。更新するチャンスが失われてしまうからね。彼はよく、「ソース・プリンシプルに、僕たち自身が”ドグマティック”に、つまり、“固執して他を受け入れない”ようになっちゃダメだよ」って言うんだ。彼自身も、決して、ドグマティックではない人だと思うよ。ソースをドグマティックに解釈しないこと、ドグマティックに使わないことはとても重要だよ。この点については、西洋でも多くの議論があったよ。ソースの誤解の1つになっているね。

史郎:ピーターが変更の可能性を常に見ている姿勢が素晴らしいと感じます。

トム:あと、次は、史郎が聞いてくれた、セオリー(Theory:理論)という言葉を選ばなかった理由だね。もちろん、ソース・プリンシプルは、セオリーと同じように、観察に基づいている考え方ではあるのだけど、ピーターは、「ソース・プリンシプルは、セオリーよりも、もっと、役に立つレンズ(世界を観る方法)のようなものだよ」って言うんだ。

トム:また、人々はセオリー(理論)を扱う時には、「正しいか?正しくないか?」という知的なディベートを行う傾向が強いんだ。そして、セオリー(理論)を崩す考えや事例を持って来たりする。もちろん、その姿勢自体はとても素晴らしいものと思っているよ。ただ、ここで、僕たちがプリンシプルという言葉を使って伝えたいことは、「ソースという考え方が、とても役に立つレンズだよ」ということなんだ。なので、セオリー(理論)とも似ている部分がありながら、役に立つレンズでもあるということで、プリンシプルという言葉を使っているんだ。

史郎役に立つという「実務性」「変更可能性」両方プリンシプルという言葉にはあるんですね。良く分かりました!

トム:なので、セオリー(理論)ではなくて、「役に立つ”プリンシプル”があるよ、レンズがあるよ」という質感にしたかったんだ。

優子:セオリーは人工的で、人を唯一解にいざなってしまうこともあるんだと思いました。

トム:そう、そういう傾向があるんだ。ソース・プリンシプルは、セオリーではなく、真実を伝えていて、加えて、とても役に立つレンズでもあるんだ。ただ、変更可能性も常にあるんだ。

史郎:トム、ありがとう!

4.まとめ

以上、今回は、「なぜ『Source』という言葉を選んだのですか?」「なぜ『Principle』という言葉を選んだのですか?」についての、トムへのインタビューをまとめさせて頂きました。

これから『ソース・プリンシプル』について学びたいという方、ぜひ参考にして頂けたら嬉しいです。

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