【なぜ、今『MONEY BIAS(マネーバイアス)』を語るのか?】
「お金」という言葉を聞いたとき、私たちの心に浮かぶものは何でしょうか。安心、不安、自由、制約、希望、焦り…。そんな揺れ動く感情の根底には、実は数え切れないほどの”マネーバイアス(お金の思い込み)”が潜んでいます。
ピーター・カーニック(以下、ピーター)が著した『マネーバイアス』は、こうしたお金にまつわる無意識の思い込みや信念、すなわち「嘘」に光を当てる挑戦的な一冊です。
本記事では、その日本語版の監訳・翻訳を担当した立場から、なぜ今この本が重要なのか、そして、「ティール組織の応用」と “組織を超える実践知”「ライフソース・プリンシプル」にどのように繋がっていくのかを考察したいと思います。
これらの考察は、2015年から始まったティール組織の探究、著者フレデリック・ラルー氏(以下、フレデリック)との探究対話、2018年拙著『実務でつかむ!ティール組織』執筆、フレデリックが学ぶ『マネーバイアス』著者ピーターとの継続的な活動などが土台になっています。
「ライフソース・プリンシプル」については、すでに組織内で活用することに親しみを持っている読者の皆さまも多いかもしれません。しかし、ピーターの眼差しは、「組織内の仕事・ワークというA面を内包するライフ(人生)というB面の視点」に立っています。「A面=仕事・ワーク」、「B面=人生・ライフ」。
実は日々の仕事(A面)は、私たちの人生(B面)の一部に過ぎません。B面の広がりの中にA面が包まれているという視点に立つことで、私たちの仕事が人生と再びつながり直し、熱量を取り戻す機会にすることができます。
そのために、本当に問い直すべきなのは、組織でのワークの対価としての役割を担っているお金そのものについてです。つまり、「お金は私たちに対して何を行っているのか?私たちはお金で何を行っているのか?」というピーター自身の問いから始めることが大切になってきます。
お金への思い込みから作られた「お金観」によって何が隠されてしまっているのか。この問いに向き合うことが、ワークを包むライフの視点を育む際には不可欠となります。
【著者:ピーター・カーニック】
ピーター・カーニックは、「ライフソース・プリンシプル」および「ライフ・マネーワーク」の提唱者として知られています。スイス・チューリッヒを拠点に、「人とお金の関係」、そして近年では「アイデンティティと起業家精神」に関する独創的な研究とワークショップを展開してきました。
1980年代初頭よりマネーについての現象学的研究を始め、プレゼンテーションや小グループでのオリジナルな探究を重ねてきました。ジュネーブでMBAを取得した後は、企業の管理職向けトレーニングやリーダーシップ教育、戦略立案支援など、ビジネス分野でも幅広く活動しています。
1987年には、企業や非営利組織向けの財務と組織の独立コンサルタントとして活動を開始。1994年には自身の研究を土台とした初の「マネーについてのワークショップ」を開催し、1999年にはMoney & Business Partnershipに関する国際会議を立ち上げました。
2009年には、500人を超える起業家や団体の創設者を対象にした調査を通じて、「ライフソース・プリンシプル」の精緻化を本格化させました。日本ではNHK『エンデの遺言「根源からお金を問うこと」』でその活動が紹介されたほか、『Forbes Japan』などのメディアにも取り上げられています。『マネーバイアス』は、こうした長年の探究と実践の集大成として執筆された書籍です。
【『マネーバイアス』が解き明かす“お金の嘘”】
本書の魅力のひとつは、「お金についての30の嘘」という形で、お金への思い込みが構造的に語られていることです。たとえば、「お金はパワーだ」「最低限のお金がないと幸せになれない」「借金は悪いことだ」といった思い込みは、私たちの日常に深く染み込んでいます。
翻訳を通して私が驚いたのは、これらの嘘が単なる”思い込み”ではなく、私たちの行動・判断・関係性のパターンにまで強く影響を与えているという事実です。
例えば「お金はパワーだ」という嘘に囚われていると、資金の多寡によって意思決定や人間関係の優劣を感じてしまいます。お金がないと人間関係を良好に育めないという事態を招いてしまうかもしれません。また、「最低限の金額」が必要だという思い込みは、安心を得ようとするほどに未来への不安を増幅させてしまう結果をもたらしてしまいます。
ピーターはこれらを「悪い」とは言いません。ただし、「その思い込みが、あなたの“魂の旅”を阻んでいませんか?」と私たちに問いかけてくれています。
【ティール組織への応用:マネーバイアスからの解放】
本書を通して浮かび上がってくるのは、「私たちとお金との関係性」を見つめ直すことで、「人生や生き方」を見つめ直すことができるということです。お金にパワーを奪われ、対価としてのお金を得るためのワークに傾倒していた私たちが、お金からパワーを取り戻し、自分自身がパワーを発揮するライフ(人生)への旅を始めていくのです。
「ワークを内包するライフ(人生)」の旅が始まると、組織を見る視点にも変化が生まれます。これまでワークというA面だけで見ていた組織を、「A面を内包するライフ(人生)というB面」から見つめ直すことが可能になるのです。
これはまさに、生命体的組織と言われるティール組織*の本質的実践に深く関わるものだと感じます。なぜなら、真の生命体的組織は、私たちのライフ(人生)という視点を抜きにしては、文字通り、実現不可能だからです。
*ティール組織:フレデリック・ラルー氏がリサーチに基づき考案した生命体的な組織。ホールネス(個人の全体性)、エボリューショナリーパーパス(生命体的パーパス)、セルフマネジメント(自主経営)という3つの特徴をもつ。ティール組織以外の4つの組織の特性を超えて包んでいるため、柔軟な組織の運営形態を選択できる特徴もある。ティール組織についてはこちらの記事をご覧ください。
ティール組織の3つのブレークスルーに含まれる「ホールネス(個人の全体性)」と「エボリューショナリーパーパス(生命体的なパーパス)」に繋げると以下のような応用が重要となってきます。
一つ目は、「ホールネス」を入り口にして、ライフ(人生)の熱量とつながりを取り戻す日々の活動を実践することです。それぞれのストーリーや痛みを聴き合うことに加えて、例えば、趣味で純粋に熱量が高まった経験をシェアする場を持ってみるのです。童心に戻った純粋なエネルギーを思い出し、仲間たちと分かち合うことができます。これは、「ライフ(人生)の熱量が組織に流れ込む」きっかけになります。
二つ目は、「エボリューショナリーパーパス」についてです。フレデリックは企業の「エボリューショナリーパーパス」が「フェイクパーパス」に陥ってしまうことへ警鐘を鳴らしています。フェイクパーパスは、「マネーバイアス」に囚われた過剰なワーク視点から生まれています。「マネーバイアス」を自覚し、お金との関係性を見直すことで、ライフ(人生)の視点に立つことができます。ライフの視点に立つことは、フェイクパーパスを乗り越え、エボリューショナリーパーパスへと変化していく契機となり得ます。
実際に本書を題材にしたプログラムを実施した際、参加者の方からは「意思決定の背後にあるお金への怖れや不安、思い込みに気づくことができた」、「売上や利益の後ろに隠されてしまい、人生の熱量やつながりを失っていたことを感じた」といった声が多く聞かれました。
ティール組織は機械的ではなく生命体的な組織であると言われますが、『マネーバイアス』はまさに生命体としてのつながりに影響を与えている「お金」に対する態度を見直す入口となるのです。
【“組織を超える実践知”としてのライフソース・プリンシプル】
『マネーバイアス』から紐解かれることは、「お金」に対する態度を見直すことで、組織(オーガニゼーション)という枠組みを超えて、私たち一人ひとりが「A面(仕事・ワーク)を内包するB面」という本来の人生を取り戻し、生きることができるという視点です。その時、組織は集合的に囚われていた「マネーバイアス」から解放され、「動的な活動体(オーガナイジング)」へと変化していきます。
本書でピーターは「自然や人とのつながり、自分自身とのつながり」を通じて、人生が豊かなものになっていくと伝えています。そこには、ワーク面での市場価値を必死に高めようとした結果、分断され孤立してしまった個人ではなく、ライフ面での豊かなつながりに感謝し、つながりに支えられている「つながり合う個人」というピーターの人間観が溢れています。
このことをピーターは、「誰もが自分の人生を生きている」、言い換えると「ライフソース」であると表現しています。そして、誰もがライフソースであることを尊重し合いながら、私たちは協同することができるとピーターは言います。
ライフソースである私たちの人生には、熱量が宿っています。その熱量が、家族や趣味、会社やコミュニティといった活動の場に流れ込み、ともに協同する土壌が育くまれていくのです。なお、ライフソースとして協同するための実践知(プリンシプル)を「ライフソース・プリンシプル*」と呼んでいます。
*ライフソース・プリンシプル:ピーター・カーニック氏が提唱する、お互いを「ライフソース」として尊重し合うあり方(Being)のもと、人生での様々な活動を協同する(Doing)際の実践知(プリンシプル)。趣味や家族、仕事などを含む人生の視点に立ち、より広範でダイナミックに私たちの協同を見ることができることが特徴。『マネーバイアス』にはピーター氏の人間観、ライフソースの質感、お金によって忘れ去った自分らしさの取り戻し等、「ライフソース・プリンシプル」の実践に繋がる起源について、詳しく語られている。
このような変化の過程は、「オーガニゼーションからオーガナイジングへ」の変化の流れとして以下のように示すことができます。
まとめると、ティール組織を含む組織観の根底には、「マネーバイアス」という集合的で強固な構造が存在しています。この「マネーバイアス」が明らかになり、少しずつ、強固な構造から解放されることで、それまで「マネーバイアス」によって静的にマネジメントできていた組織に、動的なライフの熱量が流れ込んでいきます。この時、組織(オーガニゼーション)に少しずつ風穴があき、ピーターの言う「人がつながり合う、雲のような動的な活動体(オーガナイジング)」が出現してきます。
これからの伸び代としては、あらゆる活動において、関わる人たちのライフの熱量が流れ込みながらも、誰もが「ライフソース」であるという大前提のもと、ある特定の活動をはじめた人(ある活動のソース*)のエネルギーがさらに自然とあふれ出していく場を、いかにして実現できるかということになります。
*ある活動のソース:「ライフソース・プリンシプル」では、誰もが「ライフソース」であるという大前提のもと、人生での「特定のある活動」を、“湧き上がる「ライフビジョン」とともにリスクを取って、始めた人”の想いや熱量をリスペクトしています。そこで、“その人”のことを“ある活動のソース”と呼んでいます。また、具体的な活動を明確にするために日頃は“〇〇のソース”と表現しています。例えば、サークル活動のソース、会社のソース、夫婦関係のソース、食事会のソースなどとなります。
組織においても同様で、役職階層型組織であれ、ティール組織や自律分散型組織であれ、ライフの熱量が流れ込みながらも、同時に、誰もが「ライフソース」であるという大前提のもと、その活動を始めた人(その活動のソース)のエネルギーが自然にあふれ出ていく場が生まれてくることが肝要となります。
そのための実践知である「ライフソース・プリンシプル」の船出が本書になるのです。「ライフソース・プリンシプル」については、ピーターの叡智のもと、すでに実践ストーリーが集まり、多くの方が最初の一歩を踏み出すための実践知が結晶化しています。
ピーターが自身の言葉で語る「ライフソース・プリンシプル」等についての動画はこちらをご覧ください。
<参考:ピーターとPKSプラクティショナーたちの書籍〜トム&ステファン>
欧米では、ピーターの著書が2003年に出版されました。その後、ピーターの著書を土台にして、2019年にピーターのPKS(ピーター・カーニック・システム)プラクティショナーのステファン・メルケルバッハが、2021年には同じくPKSプラクティショナーのトム・ニクソンがそれぞれの視点から本を出版しています。両者の本は、ピーターの「ライフソース・プリンシプル」を土台にそれぞれの経験に基づいて書かれています。ライフに内包される視点で、組織経営や事業創造、家族との関係性に興味がある方にとても役立つ書籍となっています。
【ライフソースとしての私たちの熱量はどこに向かう?】
『マネーバイアス』は単なる読み物ではありません。それは、私たちが日々使い続けている「お金」という概念に潜む、無数のバイアスを丁寧にほどいていくためのお供となる本です。そして同時に、それは「問いの書」でもあります。
皆さんは、お金に何を見ているのでしょうか。それは安心でしょうか、パワーでしょうか、恐れでしょうか、自由でしょうか。
また、あなたが日々向き合っている“組織”とは、本当は何なのでしょうか。パーパスの実現を目指しながらも、「マネーバイアス」によって作られた「A面」からだけで、組織を見ていないでしょうか。
ティール組織やホラクラシーの実践探究をA面からA面を内包するB面へと深めていく際には、フレデリックが示してくれた3つのブレークスルーを基礎として、さらに探究しがいのある問いとして、「お金とは何か?」というものがあります。
なぜなら、お金に対する態度は、「ホールネス、エボリューショナリーパーパス、そして、セルフマネジメント」の具現化に深く関わってくるためです。2014年にフレデリックがティール組織を世界に伝えてくれてから約11年。次の旅への扉が今、確かに開き始めています。
そして、「マネーバイアス」に気づき、解放される「ライフソース」としての私たちから溢れてくる人生の熱量が今、生き場を求め始めています。人生の熱量と共に活動できる、「ライフソース・プリンシプル」が体現される場で活動したいと思う人たちが増えていっていることを実感しています。
私たちが信じてきた「お金の真実」は、どこから来たものでしょうか。そして、これから、私たちはどこへ向かっていこうとしているのでしょうか。
たとえ、未来にお金の概念がなくなっても、それだけでは、私たちが「マネーバイアス」から解放されるとは限りません。お金に変わる新たな何かに、お金と同じ構造で私たちは投影をし続ける可能性が高いからです。それとは異なる別の未来を生きるためにも、本書でピーターが伝えている内容が持つ歴史的意義は大きいと確信しています。
本書を通じて、皆さまが自身の「マネーバイアス」に気付き、湧き出る熱量とつながりを大切にした人生に向かう一助になればと願っています。そして、ピーターがこれまでに唯一執筆した本書『マネーバイアス』が時を経て、未来の一人ひとりの人生のお供として、いつまでも愛され続けることを強く願っています。
『MONEY BIAS(マネーバイアス)〜30のお金の嘘を明らかにし、人生・仕事の思い込みから自由になる新たな習慣』について詳しくはこちら
ライフソース・プリンシプルについて、ピーターが自身の言葉で語る動画などはこちら(Junkan-Aida)
『MONEY BIAS(マネーバイアス)』著者のピーターが登壇するオンラインイベント(5/19(月)19:00~21:00)についてはこちら